夢日記

自分用

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ガラス越しに小さな植物庭園のような一角を見ている。規模としては花壇に近い。

花壇の向こう側には薄汚れたアパートや、廃屋じみた様相を呈する背の低い雑居ビルが見える。

 

花壇の植物は全てがつぼみの状態だった。

「ここにある芽を摘む事は至極簡単です」とドキュメンタリー番組のナレーションのような声がする。

隣にいる何かの気配が話しているようだが、夢の中の私は一瞬たりとも花壇から目を離そうとせず、その気配が誰でどのような姿をしているのかは最後まで知らなかった。

何かの気配の手がガラスをすり抜け、一番端の方に植っている水仙の未発達なつぼみの根元を指先で摘むのが視界に入る。何かの気配の手は真っ白で石膏のような非生物的な質感をしていた。

何かの気配はそのつぼみを容易く折り、地面に落とした。

なんて事をするんだ、と私は心の中で憤った。

すると何かの気配はそれを察したかのように「まあ見ていなさい」と悠長な態度で言った。

 

花壇は加速し始めた。

早送りで花が咲く様子を見せてくれるようだ。

「人も植物も、生命を後の世代へ繋げる事を根源的な本能、喜びとしていますね」

何かの気配が話している間に、つぼみを落とされた水仙は異様な発達を見せていく。

茎が膨れ上がって帯化したサボテンのようになり、その直後ぐんぐんと上へ背を伸ばし始めた。

最終的には人の身長よりも遥か高く、およそ3mほどにまで成長した。

やがてランドセル程の大きさはありそうなつぼみができ、それが開くと直径1m程の大きな白いハスの花になった。

 

ハスの花は完全にこちらを向いて咲いていた。加速した花壇の中でも花はしばらく咲き続け、こちらを覗き込んでいるかのように常にフラフラと動いていた。

 

見渡すと周りの植物も一斉に咲いていた。その全てが白い花をつけている。

タンポポに似た綿毛が大量にできており、ハスの花が枯れ始めた途端それらが一斉に空へと舞い上がった。


「加速された種子はやがて町や人を滅ぼすでしょうが、恐れる事はありません。安心なさい」と何かの気配が言う。「あの全てに次世代の生命が託されていますよ」

とにかく明るい安村みたいだな、と思ってから、この下らない思考が何かの気配に察されていたら恥ずかしいなと感じ、慌てて違う事を考えようとする。

枯れたハスの花はしおれきって地面に横たわった。しかし尚もこちらを見ている。

花壇の奥に見えていたアパートや雑居ビルに綿毛が粘菌のようにこびりついていく。